今日は雨だった。昨夜から起きているわけでもないが、昨日からずっと降り続いていることは知っている。
心なしか、クラスにいる人たちの表情も雰囲気も暗いものに包まれている。わたしはいつも通りに外のあの場所で、気持ちよく読書がしたかった。
それに。わたしは、雨が嫌いだった。
鳥が羽ばたく日
廊下が騒がしくなったと思ったら、三枝さんが教室へと勢い良く飛び込み、そして素早く来ヶ谷さんの席へと向かった。
一体なんなのか、と思い耳を傾ける。
「ねぇねぇー、大発見しましたヨ!姉御姉御ー!」
大発見と言ってるが、大したことではないのだろう。
「って、姉御がいねぇー!?じゃあそこにいるクド公でいいや」
来ヶ谷さんがいないことに気付いた三枝さんは、近くにいた能美さんに声を掛けていた。
「わふっ、三枝さんですかっ」
「クド公、私大発見しちゃったんですよ!」
「大発見ですかっ!それは、一体なんでしょうか!?」
「ふふふ、聞いて驚くなよ…。私は超える人と書いて超人と、鳥の人と書いて鳥人の発音が同じことに気付いたんですヨ!」
「わふー!それは凄いのです!」
やはりそんな大したことでも、気にするほどのことでもなかった。なにかと思って話を聞いてみてはいたが、少し無駄な時間を過ごしてしまっていた。
わたしはまた、本に目を戻す。
教室の喧騒が一段と遠くに感じられた――
―君はなぜ野球のボールが白いのかわかる?
―知らない。君は知ってるの?
―僕も知らない。でも僕はね、思ったんだ。
―なんて?
―それは青空へと飛んでいくためだと、思ったんだ。
――そこで、わたしの意識は本の中から教室の中に戻された。
今、読んでる本の登場人物二人が行ったなんの変哲もない会話。わたしにはなぜか少しだけそれが……、身近に感じられる。
ボールと言えばリトルバスターズがしている野球の練習。そういえば、前に放課後の中庭でゆっくりと読書をしていた時、飛んできた打球に当たってしまったことを思い出した。
その時、何かが飛んでくることは確認だけ出来た。最初にわたしは、それが白い鳥だと思い込んでいた。そう思い込んでいたからこそ、ボールだと気付くのが遅れて避け切れなかった。
染まらずにいた白は、わたしを迷わせるものにもなった。
「西園さん」
いつの間にか近くにいた直枝さんの声に、はっとさせられる。
「なんですか?」
「今日は珍しく外で読まないんだなぁ、と思ってね」
「同じことを返しますが、今日は外で野球の練習をするんですか?」
「…ごめん、冗談だよ」
そう言った直枝さんは顔を少し下に傾けた。
「では、なんでこちらに?」
「いやまあ、僕の席の周辺がちょっとね……恭介は来ないし、来ヶ谷さんもいないし…鈴と小毬さんはどっか行っちゃったから…」
直枝さんが指差した方に顔を向けるとそこには、指定の制服を着ていない二人の男子生徒が踊っている。さらに、その近くでは能美さんが三枝さんの一方的な話を聞いている。そこで納得をした。どこから見てもあそこへと入り込める余地はなさそうだった。あの席にずっと座ってられる自信はわたしにはなかった。
「なるほど。だから、話し相手になって欲しいと」
「ごめんね、西園さん」
別にかまいません、とだけ返事をした。
わたしは少し廊下側の窓に目を向けた。その様子を不思議に思った直枝さんはどうしたのかと尋ねた。
「直枝さん」
「うん」
「雨は、好きですか」
直枝さんはまず、机の傍に置いていたわたしの日傘に目を向け、その後わたしと同じように窓へと目を向けた。
「好き、ではないかな」
「どうしてですか?」
そう言うと直枝さんは、わたしの顔を見て話始めた。
「昔、僕たちが遊びに遊びまくっていた時………その楽しい時間が雨によってすぐ流されたからね…好きではないなぁ。一回恭介に雨が降っても強制的に遊ばされたけど、次の日みんな一緒に風邪になっちゃってからはあまり雨で遊ぶことはしなくなったかな。西園さんはどうなの?」
「嫌いです」
そう言い切った。直枝さんが次に口を開く前に、わたしは言葉を続ける。
「なぜなら、わたしの元へと鳥が飛んでこなくなるから……」
その時、直枝さんは俯いて考え込んだ。
「でもさ」
しかし、すぐに顔を上げてその疑問を口にだす。
「西園さんは前に鳥は嫌い、だと言ってなかったっけ?今の西園さんの言い方だと鳥は好きだ、と言ってるように見えるけど」
「言いました。ですが、その後に続く言葉を覚えていますか?」
今度は頭を上に向けて直枝さんは考え始めた。だけど、そこで時間切れ。鐘の音が響く。
「あ、鳴っちゃったね。それで、なんだっけ?」
わたしはあの時、わたしの元から鳥が飛んで行ってしまうから、と答えていた。それを聞いた後でさっきの言葉を聞いたら、少し混乱はしてしまうだろうと思った。
「秘密です。いつか、また」
「うん、じゃあまた後で」
直枝さんは自分の席へと戻っていった。
その時にわたしは、もう答える時は来ないと感じた。
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