……ああ、やっぱ僕はだめだな。
 そう思ったのは何度目だろう。仕事による過労、そして風邪でまた、今日も僕は床に倒れた。飼っている猫の世話なども、まともに見ることも出来てない。僕がこんなんじゃ、懐いてくれないのも頷ける話だった。
 ボーッ…とする頭を振りながら、目を開けて体を少しだけ起こし部屋の様子を見る。周りには明るい部屋があるが、それでもまだまだ暗い部屋がそこにはある。
 茶っぽい毛を持つ、今僕が飼ってる猫――ベルの居場所はなんとなくわかる。棚の上だ。棚の上から僕のことを見ていることは、若干朦朧としている意識でもわかった。ベル、と呼びかけてみるも、相変わらずにゃあとも鳴かず、無反応。つけてる鈴も鳴らさずにただ座っているだけだ。やはり、ベルには慕われてないことを改めて思い知らされる。
 視界が徐々に定まらなくなってきたから、少し眠ろう。そう思いながら再度体を横にして目を閉じることにした。






「また眠ってしまったのか…?」
「ああ、そうみたいだ」
「やっぱ病院に連れて行った方がいいんじゃねぇか?」
「アホか、俺たちが病院へ連れて行ったとしても何も出来ない。ゆっくりと寝かせよう。騒がしくするなよ」
「おう、わかったぜ」
「鈴、こいつのこと看ててくれ。よろしくな」
 



 チリン…




 鈴の音。その音が時計のアラームの様に僕の意識を覚醒させる。
「理樹…」
 目を開く。そこにはぼやけた視界。
「起こしてしまったか……?すまん」
「あ……」
 暗い黒の中から、部屋の様子は変わってはいない。だけど、その薄い視界の中には僕がよく見知った姿が映し出されていた。でも、表情は良く見えなかった。
「なんだかうなされてたから熱があるんじゃないか?まだ寝てた方がいい」
「そう、だね」
 なぜ――と思った。なぜここに、鈴がいるのかと思った。そして、本当に鈴なのかとも。
「どうしたんだ?」
「え……?」
「まだボーッ、としてるな」
「わっ…」
 目の前の女の子から、僕の額へと手が伸びる。その感触はとても柔らかくて、ほっと暖かいような。それか、ひんやりと冷たいような。そんな不思議な感覚に襲われる。そして、同時に鈴の匂いを見つけることが出来た。
「やっぱ熱あるな」
「ねえ…」
「なんだ?ばかたちも呼んだ方がいいか?」
「いや、その、なんという……か」
 はっきりとしない僕の目に映っている女の子は本当に鈴なのかも知りたかった。
「きみは鈴、だよね?」
 だから、そう訊いて。
「ばーか」
 そして、そう言われて。
「あたしはあたしだ」
 ああ、紛れも無く僕の知ってる鈴なんだな、と思った。鈴は鈴で当たり前なのに、僕はなにを言ってしまってるのだろうと思った。
 でも、もしかしたら鈴が鈴ではなく、否定をしてしまったら、と考えたがすぐに首を振る。
「そう……だよね……」
「ほら、もう喋るな」
 鈴はそう言うとまた手を伸ばして、柔らかい人差し指を突きつけて僕の唇を塞いでくれた。その瞬間もまた、鈴の匂いが脳裏に蘇る。
「風邪とか疲労で倒れたのならゆっくりしろ。はしゃいだらしゃれにならんからな」
 僕は無言の頷きで鈴に返事をする。でも、後ひとつ。最後に聞きたいことがあった。
「あ、あとみんなはいないの?」
 注意を無視して僕が喋った事に少し鈴はムッとしたような顔をしたけど、ちゃんと答えてくれた。
「あの馬鹿たちは、ちょっと遠くへ遊びに行った。もう少ししたら帰ってくるらしい」
「そっか、ありがと」

 さっき目を覚ましたばかりなのに、僕はまた眠ってしまいたくなってきていた。
 鈴がまた、熱くなってる額へと手を伸ばす。言葉も無く額にそっと乗せられたその手は優しく僕を包み込んでくれて。暖かく僕を安心させてくれて。ほんのちょっと冷たい手が熱を取り除いてくれる。
 程なくして僕はゆっくりと目を閉じ、優しさに包まれながら眠りに落ちた――




 チリンっ




 目を開けると部屋は、目を閉じてる時と大差のない色に染められている。部屋の電気もついてなかったので、部屋に点在する小さな光だけが部屋を微かに照らしてくれている。
 今、体がなんだかとても不思議な感覚に包まれている。夢を見ていたのか見ていなかったのか。本当に僕の身に起きたことなのか。眠っていたのかさえも疑問に思えた。それに、もう体の気だるさもないし、熱もひいてるようだった。
 ふと気がつくと僕の額にはなにか、物が乗っていることに気付く。手を伸ばしてその感触を確かめると、そこにはサラサラと流れるような毛と猫の肉球。僕はそれを持ち上げずらして起き上がり、横を見るとベルが眠っていた。
 しばらくその様子を見ていたらベルは、にゃぁと一回だけ鳴いた。その後、ベルにつけてる鈴も、ちりんと一回だけ鳴った。









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