ミイラ取りがミイラになる



「朱鷺戸さん、いくよ……」
「いつでもいいわよ、理樹くん……」
「じゃ、やるね」
「うん…」

 小部屋の中にあった棺を僕はゆっくりと開いた。そして、その棺の中から良く分からないモノが立ち上がっ た。

「うわっ、なにこれ、ミイラ?」
「っぽいね」
 全身に古ぼけている包帯ぐるぐる巻きのミイラだ。もしかしたら、包帯ではなくぼろぼろのトイレットペー パーかもしれない。そのミイラはなぜか朱鷺戸さんを指で「オマエカ?」と言ってるみたいに指したが、朱鷺 戸さんは首を横に振った。それを見たミイラは、今度は指も指さずに僕の方へと向かって来た。呆然としてい る僕にミイラは、どこかからハリセンを取り出し―――

すぱーん!

 僕を引っ叩いた。わけがわからなかった。ハリセンで僕を叩いた音はいい音だった。僕からはいい音が出る のかな。顔を手で叩いた。ぺちぺち。可愛い音だった。次は思いっきり叩いた。ぱちん。痛かった。
「ねえ、理樹くん。あなたハリセンで叩かれてここがおかしくなった?」
 朱鷺戸さんは自分の頭を人差し指で軽くこつこつと、叩きながら言った。
「そんなことはないよ!元から頭おかしいから!」
「あ、そう……そうだったわね………」
 この国の今の首相さんのことかな、と思ったけど違った。呆れているだけだった。ミイラはいつのまにか姿 を消している。くそっ、ふざけやがって………。今もきっとこの階をうろついてるに違いない。次は僕が叩く 番だ。
 よし、やってやる。

「あっ、ねえ、ちょっとどこ行くのよ」
 突然歩き出した不自然な僕に朱鷺戸さんは声を掛けて止める。
「僕の宿敵を探しに行くのさ……。朱鷺戸さんは危ないからここで待ってて」
 今、そんな台詞を言った僕は絶対かっこいいだろう。リトルバスターズのメンバー全員がかっこいいと言っ てくれるだろう。真人なんかは「なんてこった…オレの筋肉よりかっこいい奴が現れるなんて……」と言って くれるはず。謙吾は「俺のリトルバスターズジャンパーが負ける日が来るとは……」と言ってくれるのだろう 。
「はいはい、じゃあ勝手にして。あたしはここで休憩してるから」
「ねえ、僕イケメン?」
「そう言う人って大抵かっこ悪いわよね。特にハリセンなんかに叩かれた人は」
 くそっ、言わなければよかった。想像してる僕の理想が崩れ去っていく。
「僕はもう沙耶さんなんて知らないっ!うわーんっ!!!」
 口が滑ってつい名前で呼んでしまった。まあいいや。捨て台詞吐いて逃げたこんな僕は朱鷺戸さんにとって もうどうでもいいだろう。
「理樹くんっ、ちょっとまっ――」
 朱鷺戸さんが僕を呼んでる。けどあんなこと言う朱鷺戸さんなんてもういい。待ってやらないもんね!
「待って、と言われて待つ人なんてどこにもいないよ、朱鷺戸さん!」
 目の前の扉を開いて、すぐ閉めた。これからは僕ひとりでやるからもう迷わない。もう、迷うなっ。

 ◇

 僕はミイラを探し回った。だが、呆気なくすぐ見つかった。僕はミイラに持っていた銃を突きつける。する とミイラはお手上げのポーズを取って喋り始めた。弾は入ってないんだけどね。かちゃり。
 にしても、ミイラが喋るのはなんとも言いがたい不思議なものだった。
「ひぎぃっ、お手上げです、お手上げです!ごめんなさい!許してください!仕事でやっていたんです!僕ア ルバイトォォォォォーーーーー!!!」
 最後の言葉には無駄に力が篭もっていた。常人ならびっくりして逃げ出す程の無駄な迫力もある。けど僕は 逃げ出さない。そんなのにびっくりしてたら強くなんてなれない。僕だったらその無駄な力を他に使おうと思 う。
「そんなびっくりさせようとしても無駄だよ」
「……は、はい。すみません…」
「ちょっと質問するから正直に答えてね。誰に言われてあんなことしてたのかな?…かな?」
「えっ、えーっとですね、名前は知らないんですけど三年生の人だったかな…。草野球チームを作っていて、 今はメンバー集めをしているとか言ってました」
 僕はそんなことやってる人を恭介しか知らない。でも考えてみると納得も出来る。ここまで来た迷宮の仕掛 けの様なお遊びは恭介ぐらいの発想でなきゃ出来るはずはない。
「次は…そうだね、君は誰かな?」
「僕は、2年A組の1番相川です」
 そう言って相川君は包帯をはずし、覆面もはずした。見た目の感想としてはダサかった。こんなんじゃ主人 公にもなれないな、と思った。
「ふーん、そうだったんだ」
 適当な返事をしといた。でも、僕は今とてもいいことを思いついた。朱鷺戸さんに仕返しをしてやろうと思 った。目の前にいるこの人に協力して貰おう。断られたら銃を突きつけて脅せばいい。
「そうだ、相川君。ちょっと協力してくれないかな」
「な、なに?」

 ◇

「理樹くん、遅いわね……」
 遅かった。ミイラを追いかけて行った理樹くんは帰ってくる気配も見せなかった。一体どうしたのだろう、 と心配になってしまう。あたしも一緒に行けばよかったかな、と思い始めた。
「はぁ……」
 久しぶりに一人になった。これまでも単独行動で任務をこなすことはたくさんあった。だけど、だけど。な ぜか理樹くんがいないだけでも寂しくなった……。あたしの息遣い、または制服が擦れる音以外は何も聞こえ てこない。
 何か別のことを考えようと思って理樹くんが出て行ったドアに視線をうつした。だけど。重く、堅苦しいド アを注視しても開く様子はない。結局、あたしは理樹くんの事を考えていた。
「沙耶さん、かぁ……」
 理樹くんが突然、口に出したあたしの名前。でも、その後理樹くんの口から出てきたのは朱鷺戸さん、だっ た。その一言が余計にあたしの心を乱してくる。理樹くんは何も考えていないようで、とても卑怯だ。卑怯す ぎる。あたしがどう思っているのか知らないくせに。
 そんなこと考えていたらむなしくなってきた。少し叫んでみようと思った。
「うがーーーーー!!!」
 小さい部屋だからかあたしの叫んだ声はとても響いた。でも、さらにむなしくなるだけだった。
 ふと、理樹くんが出て行ったドアに視線を戻したらそこにはいつのまにか、二体のミイラがいた。ドアの開 閉のばたんっ、という音が全く聞こえなかった。ワープしてきたとでも言うの?だけどなんで二体もいるの?  もしかして理樹くん………?嘘よ……、嘘に決まってる…よね?なんとか言いなさいよ…。
 しかし、そのミイラたちはゆっくりと、ゆっくりと確実にあたしの方へと向かってきている。あたしはどう すればいいのか分からない。このミイラたちは簡単に倒せそうだけどそれこそ、倒してしまったらなにか極悪 な罰ゲームが待っているかもしれない。理樹くんがハリセンで叩かれたように大人しく叩かれた方がマシだ。
 でも、でも。理樹くんはどうなったのよ……。ミイラ取りがミイラになる、という言葉があるようにほんと に、ミイラになってしまったのかは分からなかった。
「あんたたち!これ以上近づいたらあんたたちの身体が穴だらけになるわよ!」
 拳銃を構えて見せた。あたしは言葉では強がっているけど内心、とてもびびりまくりだった。だって……だ って。とても頼りになるあたしだけのパートナーがいないんだもん。もしかしたら、目の前にいるミイラが本 当に理樹くんだったりしたら、あたしは銃を撃てない。今も、その予感があるから撃てない。だから、この言 葉は脅しぐらいにしかならないだろう。
 それでも。ミイラたちは尚、近づいてくる。言葉が通じなかった。……少しだけ、片方のミイラが怯んだの が見えたけど。
「理樹くん……」
 あたしは呟いて見せた。だけどそれだけでどうにかなるはずもなく、ミイラは近づいてくる。あたしのヒー ローは現れない。
 もう諦めよう。そう思った直後。

すぱーん!すぱーん!

 ミイラたちがハリセンで一回ずつ、あたしの頭を叩いた。気持ちいい音だった。また、叩かれて気持ちよく 思った。理樹くんが顔を叩きたくなった訳も分かった気がする。
「どう?朱鷺戸さん、驚いた?」
 理樹くんの声が片方のミイラから聞こえた。拍子抜けだった。というより――
「なによ……結局はあたしを驚かせたかったわけ?ああんっ、そうよ!あんたの言う通り驚いたわよ!理樹く んが本当にミイラになってしまったか心配したわよ!あたしが理樹くんに向けて言った通り、ハリセンに叩かれた間抜けな人よ!それも、二回も!笑えるじゃない!?笑えばいいわ!笑いなさいよ!あーっはっはっは!!」
すぱーん!

 理樹くんにまた叩かれた。
「やっぱり朱鷺戸さんも可愛いところあるよね」
 ミイラの格好になった理樹くんと会話してるとなんだか不思議な気分だ。しかし、もうひとりのミイラは誰 なんだろうかという疑問も浮かんだが、気にしないことにする。
「理樹くん」
 そう言った今のあたしはきっと笑顔だろう。これからすることを思うと、気分は爽快だった。
「なに?あ、もしかしてこのミイラの中の人のこと聞きたい?」
「そんなのどうでもいいわよ。今は理樹くんの顔を殴りたいだけなんだから」
 あたしのことを心配させた罰と、あたしの心をかき乱した罰と、それからたくさん。
「え?」
「ふんがーーーーーっ!!!」
 鈍い音がこの場所に響いた。







SSページへ―


トップへ―
inserted by FC2 system