床がひんやりとしていて冷たい。
僕を落とした大きな手の人はどんな人だったのだろう。
金は天下のまわりもの
「今日は寒いです……」
誰かの声が聞こえた。
「わふ、500円玉を見つけたのです。誰の落し物でしょうか?」
そういう声が聞こえて、床に寝てた僕は拾い上げられた。
さっきまで、僕を持ってた大きい手とは違い、とても小さな手だった。人は大きいと思っていたけれど、小さな人もいるんだな、と思った。
「佳奈多さんに届けましょう」
そう言った人は僕を握り締めてその場から離れた。
その手は暖かい。
○
「佳奈多さん、落し物がありました」
「えっと、落し物?クドリャフカ、ごめん、今忙しいからそこにある机に置いといてちょうだい」
「分かりました」
クドリャフカ、と呼ばれた僕を拾い上げてくれた人は、佳奈多、という人に言われて机に僕を置いた。
その机は冷たい。
●
「ふぅ……疲れた……」
佳奈多、という人の声だろうか。
忙しいと言った後のことだからかだろうか、とてもリラックスしているようだった。
その後、がらんっとドアが開く音がした。
「あ、お姉ちゃん今仕事終わった?」
「そうよ、今終わったわ」
「えっと、これ食べて欲しいなぁなんて思ったり思わなかったり」
「どっちかはっきりしなさい」
「じゃあさ、食べてね。ここにおいておくからっ!」
「ちょっ、待ちなさい!」
佳奈多、という人をお姉ちゃんと呼んだ、名も分からぬ人はどさくさに紛れてなぜか僕を制服のポケットの中へ入れてどこかへ走り去った。
その中は暖かい。
○
「姉御ーっ」
「葉留佳君か、なんか用か」
今僕を持ってる人は葉留佳君、という人らしい。
「そうですヨっ、500円玉ゲットしたんですヨ!」
「ほう、どこでゲットした?」
「まぁ、中庭的な?」
「嘘はよくないな」
葉留佳君、と呼ばれた人は姉御、という人に嘘を見抜かれて身体をちょっとだけ震わせていた。
「りょ、寮長室ですヨ!」
「なるほど、このまま寮長室へと返すのも面倒だしな………」
「な、なんですか姉御?」
「それではここに自販機、そしてその前には私がいる。することは?」
「やはは…おごる、という選択肢以外は存在しなさそうですネ……」
葉留佳君、と言われた人は僕をそのポケットの中から取り上げて僕を自販機の中へと押し込んだ。
僕の仲間たちのほとんどはこの場所へと閉じ込められる運命だと聞いた。
自販機の中は冷たい。
●
「さらば英世ーーっ!」
そんな大声が中まで響いてきた。
その時、僕は大量の仲間と共に転がり落ちた。そして、また人の手の中へと僕は戻った。
「おっ、平戌20年代って今年の500円玉じゃねえか。最後の英世を使っちまったけどなんかラッキーだな」
その人の足取りは軽やかだった。軽やか過ぎる足取りはどこへ向かうかも分からない。
だけどその手は暖かい。
○
「おっ、鈴か」
「なんだ馬鹿兄貴。笑っててなんだかきしょいぞ」
「ん、そうか?まあ、でも今俺はとても機嫌がいいからな」
「で、なんのようだ」
「小遣いをやる」
「いらん」
「まあそう遠慮するなって」
「じゃあ仕方なくもらってやる」
馬鹿兄貴、と呼ばれた人の手を離れ、鈴、と呼ばれた人の手に僕は渡った。
「大事に扱えよ」
「わかった」
鈴、という人は無愛想な返事をしながらも僕をポケットの中に入れた。
その場所は、暖かい。
○
「あら、棗さん」
「おまえは……超ささみ人!」
「はぁ…、もう訂正するのも馬鹿らしくなってきましたわ……」
「それでなんの用だ」
「今日という今日こそ貴方にリベンジをしますわ!」
「ふんっ、受けてたとう」
その時僕を持ってた鈴、という人の身体は激しく動き始めた。
何度も揺れて、衝撃が僕にまで伝わってきて、それが何度も繰り返された。
そしてその末。
「おーほっほっほっ!」
超ささみ人2、と呼ばれた人の高笑いが聞こえた。
「それでは、負けた棗さんは何をくれますの?」
「しょうがない……いまはなにも持ってないから超ささみ人3にはこの500円玉をくれてやる」
「まあ、いいんですの?」
「元々強引に渡された物だったからだ」
鈴、という人は僕を取り出して超ささみ人4、という人の手元に渡ることになった。
「おーっほっほっほっほ!」
その人は今の場所に高笑いだけを残した。
それでも、その手の中は暖かい。
○
「神北さん、いますわよね」
「さーちゃん?なにかようかな?」
「えっと、この前貸してくださった500円を返しますわ」
「ありがと〜!帰ってくることはないと思ったんだ」
「わ、わたくしはそんなに信用なかったのですね……」
「あっ、ごめん……。でもありがと、さーちゃん」
超ささみ人5、という人は神北さんと呼ばれた人の手に僕を渡した。
その手も暖かい。
○
「ふんふんふ〜ん♪」
神北さん、という人はとても機嫌がよかった。
手の中が頻繁にゆれている。スキップでもしているのだろうか。
だけど、その瞬間。
ばたんっ、という音と共に僕は手の中から離れて草むらへと転がってそして倒れた。
「あれ…?あれ、500円玉がなくなっちゃった………」
神北さん、という人の声が遠くから聞こえた。
草むらの中は冷たい。
●
「神北さん、どうかされましたか?」
「えっと、みおちゃん?」
みおちゃん、という人がやってきたようだ。
「はい、みおちゃんです。それで、お困りのようですが……」
「えっとね、さっき転んじゃってさーちゃんから貰った500円玉を落としちゃったんだ…」
「それは、残念ですね……。近くを探してみましたか?」
「うん、今探してるんだけど見つからなくて……」
「そうですか。では、もし宜しければわたしの500円玉を使いますか?」
「えっ、いいの?」
「はい。本を置く場所が無くなって来て買う予定もないので」
「あ、ありがとう〜みおちゃん」
その声がどんどん遠くなっていった。
僕は冷たい地面の中に置いて行かれた。
●
「あら、500円玉がこんなとこに落ちてるわ」
近くを通りかかった誰かが草むらの中の僕を見つけたようだ。
「誰かが落として行ったのかしら?それ以外には考えられないけど……」
その人は僕を拾い上げてくれた。
「むむむ……なんかむしょうに投げたくなってきたわ…。毎日理樹君の野球練習を見ているからかしら……。理樹君、打ってくれるかな」
名前も知らないその人は――。
「うおぉぉぉりぃやぁぁぁぁぁっ!」
おもいっきり僕を上へと投げた。
風が冷たい。
●
「む…?」
しばらくして、僕は地面にまた落ちようとした時。
「はっ!」
誰かに掴まれた。
その内、僕を掴んだ手は開かれた。
「500円玉か?なぜ空から落ちてきた?不思議なことが起こったが、まあいい」
「あっ、謙吾」
「理樹か」
「どうしたの?なにか不思議なことが起こった、って顔してるけど」
「空から500円玉が降ってきた」
「へ、へえ……。それは不思議だね」
「まあちょうどいい。理樹、これをやる」
僕は謙吾、という人から理樹、という人の手に渡った。
「あ、ありがとう?」
「はっはっは、お礼に疑問符はいらないぞ、理樹」
「う…………うん、そうだね」
「じゃあな、理樹。また後でな」
「うん、じゃあね」
謙吾、という人はその場から去ったみたいだった。
「平戌20年か……もう今年も終わりなんだね」
その後、僕は理樹、という人のポケットの中へと入った。
とても暖かい。
○
「おい理樹っちよ、一緒に学食に行こうぜ」
「うん、いいよ」
「理樹、今日はなにを食べるんだ?」
「うーん、まだ決めてないなぁ。真人は?」
「オレは当然カツ丼に決まってるぜ」
「あぁ、そうだよね……。聞いた僕が馬鹿だったよ」
「……やべぇ、金がない。わりぃけど理樹、貸してくれねーか?」
「えぇっ、また?」
「すまん!今日500円玉落としてしまったんだよ」
「500円玉…?それなら、これかな?」
僕は理樹、という人の手の上に置かれた。
「おぉっ!?多分それだ!理樹、それをどこで拾った?」
「僕が拾ったわけじゃないけど、謙吾が拾ったみたいで、なんか僕に突然渡してきた」
「そうか……まあなんにしてもありがとなっ、理樹」
「うん、別にいいよ」
理樹、という人はそう言うと真人、という人に渡した。真人、という人の手はとても大きな手だった。
僕を最初に落とした人はこの人だったのかな?
「おばちゃーん、カツ丼くれ!カツ特盛りで!」
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